アルツハイマ-病
病気の特徴は?
認知症、すなわち「記憶や見当識(時間、場所、人を正しく認識する)などの複数の知的機能が持続的に低下し、それまでに可能であった自立した社会生活が送れなくなること」全体の4割超を占める最大の原因疾患です。
発病から死亡までの平均罹病期間は十数年とされ病気の進行は一般に緩やかです。
近時記憶低下(数分前の出来事を思い出せない)、換語困難(人や物の名前が出てこない)、時間的失見当識(今日の日付を正答できない)で始まることが多く、発病後数年は上記症状と従来単独で可能であった仕事や家事が覚束なくなるのみを特徴とする初期段階に留まります。
発病数年から10年が経過すると中期へ進み、遠隔記憶低下(数年前の出来事を時系列順に思い出せない)、失語(使える語彙が限られ連続した会話が成立しない)、失行(TPOに合わせて服を選べない、着れないなど)、失認(目は見えているのに位置や大きさ、遠近を把握できない)が現れます。
発病から10数年が経過すると立つ、歩くなど運動能力と言葉の理解力が失われ尿便失禁が現れます。
病気の原因は?
十分に解明されておりません。
有力な仮説として、不溶性が高いAβ42が脳内に増加することで脳細胞内にタウ蛋白の異常リン酸化が促進され神経細胞が破壊されることで病気が起こる機序(アミロイド仮説)が提唱されています。
診断に必要な検査は?
第一に、見当識、記憶、計算、言語操作など複数の認知機能低下を簡易に測定するスクリ-ニングを行います。
感度と特異度が高く広く使われている神経心理検査として、改訂版長谷川式簡易知能評価スケ-ル(HDS-R) 、Mini-Mental State Examination(MMSE) があります。
他の認知症との鑑別のため血液検査、脳形態画像検査(CT、MRI で脳室拡大と脳溝開大を認める)、脳機能検査(脳波で基礎律動の徐波化、SPECT、PETで頭頂‐側頭連合野の血流低下あり)も必要です。
次いで記憶、行為症状、心理症状、日常生活動作の自立度の各項目について適した尺度を用いて評価し全般的重症度を算定していきます。
有効な治療法は?
記憶や学習機能などの認知機能低下を遅らせ、また随伴する異常行為、幻覚や妄想などの精神症状の緩和を目的に薬物療法が、生活の質や能力の維持と向上を目的にケアやリハビリテ-ションが行われます。
認知機能の維持には脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を阻害するアセチルコリンエステラ-ゼ阻害薬が04種類、脳細胞に毒性を持つグルタミン酸の受容体作用を阻害するNMDA受容体拮抗薬が01種類、の薬物が使用可能な状況です。
認知症の行為症状、精神症状に対しては、比較的少量の、抗うつ薬、抗精神病薬、抑肝散などの漢方薬ほかを短期使用することは有効との報告があります。
高齢者では向精神薬の過剰反応を来たしやすいため、少量、短期、簡易に、また主効果と有害事象の発現を頻回に観察していく工夫が必要です。
レビ-小体型認知症
病気の特徴は?
認知症全体の十数%から二十数%を占める原因疾患です。
わが国における認知症の原因疾患の推移をみると、脳血管性認知症は漸減しつつあるのに対してアルツハイマ-病とレビ-小体型認知症の頻度は増加傾向にあります。
典型例では記憶の低下で病気が始まりますが、初期には記銘力低下よりも再生障害が優位のことが多いとされます。
アルツハイマ-病との比較で HDS-R、MMSE での得点が高く保たれる初期から社会的、職業的な困難を来たす遂行や問題解決能力の低下を伴います。
そのほかに
1.記憶や注意集中の日内、日差変動あり
2.反復する幻視(人、動物,虫など)
3.誤認による妄想
4.初期から1/4~1/2に左右対称性の筋固縮や寡動などのパ-キンソン症状あり
5.就寝中に夢の内容と合致する異常行動(大声を上げる、寝ながら暴れる)あり
6.便秘、起立性低血圧、神経因性膀胱、などの自律神経機能不全あり
などの特徴を持ちます。
発病から死亡までの平均罹病期間は10年未満とされますが、高齢発症、認知障害が高度、精神症状あり、運動症状が高度、の群は病気の進行が急速で予後が悪いことが多いとされています。
病気の原因は?
十分に解明されておりません。
病理学的にはリン酸化αシヌクレイン凝集物を主成分とするレビ-小体が大脳皮質、扁桃体、マイネルト神経核、黒質、青斑核、縫線核などに発現することで神経細胞が破壊されると考えられます。
診断に必要な検査は?
第1に、見当識、記憶、計算、言語操作など複数の認知機能低下を簡易に測定するスクリ-ニングを行います。
感度と特異度が高く広く使われている神経心理検査として、改訂版長谷川式簡易知能評価スケ-ル(HDS-R) 、Mini-Mental State Examination(MMSE) があります。
神経心理検査で視覚構成、視覚認知、視空間の障害が強い特徴を示します。
他の認知症との鑑別のため血液検査、脳形態画像検査(CT、MRI で内側側頭葉萎縮はアルツハイマ-病と比して軽度のことが多い)、脳機能検査(脳波で基礎律動の徐波化、SPECT、PETで後頭葉循環代謝低下あり)も必要です。
交感神経機能評価として行われる 123I-MIBG心筋シンチグラフィ-においてレビ-小体型認知症は心筋への取り込み低下が強い異常所見を示します。
次に、記憶、行為症状、心理症状、日常生活動作の自立度の各項目について適した尺度を用いて評価し全般的重症度を算定します。
有効な治療法は?
脳内αシヌクレイン凝集を阻止あるいは除去する根治術は存在しません。
但し、ドパミン、アセチルコリン、セロトニンなどの脳内神経伝達が障害される疾患特性から、これらの神経伝達機能を補正する弥縫的薬物療法が実践されています。
記憶や学習機能などの認知機能低下を遅らせ、また持続し反復する幻視などの精神症状にアセチルコリンエステラ-ゼ阻害薬が効果を持つことが報告されています。
わが国ではレビ-小体型認知症の認知障害の進行緩和にドネペジルの保険適応が認められています。
一般に認知機能障害程度とアセチルコリンエステラ-ゼ活性とは相関を持つため病気の進行に応じて増量が図る工夫が必要です. 随伴する,うつ,レム睡眠行動異常(大きな寝言,悪夢の内容に沿って歩き回る、物を壊す、など)に対して選択的セロトニン再取り込み阻害薬などの抗うつ薬、クロナゼパムを始めとする抗てんかん薬も候補薬に挙げられます。
しかしレビ-小体型認知症は抗精神病薬を始めとする向精神薬への感受性が高く運動機能の悪化を来たしやすいため有害事象の発現に細心の注意を払う必要があります。
非薬物治療としては、覚醒度や注意力を高め余病(転倒、便秘、脱水、感染症)続発を予防する視点から、感覚器機能に適した眼鏡や補聴器を選択する、居住空間をバリアフリ-とする、筋力強化訓練やストレッチなどの理学療法、起立性低血圧に対して弾性ストッキング装着など個別のニ-ズに即したケアや環境調整が必要とされます。
脳血管性認知症
病気の特徴は?
認知症の原因疾患のなかではアルツハイマ-病に次いで多いとされる群です。
脳血管障害の種類(単一か多発か、梗塞か脳内出血、脳虚血か、など)、場所(皮質か皮質下か、など)によりタイプが分かれ病像もさまざまです。
- 急激な発症
- 段階的な増悪(脳卒中後)
- 局所的神経症状(歩行障害,腱反射の亢進,一側の筋力低下,病的反射、など)
- 本来の人格は比較的保たれる
- 抑うつ気分、感情失禁、せん妄、夜間興奮など日内変動を示す精神症状
- 動揺性の経過
などが特徴です。
病気の原因は?
脳梗塞を主な原因とするものの、脳出血やクモ膜下出血、脳虚血なども含め脳血管障害がこのタイブの認知症の直接原因です。
単一でも梗塞が大きい場合、視床や辺縁系など知的機能維持に重要な部位に生じた梗塞、直径15mm 未満の小梗塞が大脳基底核、白質、視床、橋に多発した場合、心停止、高度の低血圧など脳の循環不全により大脳白質にびまん性病変の発症後おおむね3ヶ月以内に後遺症として認知症が発症すると考えられます。
診断に必要な検査は?
第1に、見当識、記憶、計算、言語操作など複数の認知機能低下を簡易に測定するスクリ-ニングを行います。
感度と特異度が高く広く使われている神経心理検査として、改訂版長谷川式簡易知能評価スケ-ル(HDS-R) 、Mini-Mental State Examination(MMSE) があります。
脳血管性認知症では意欲欠如、自発性低下のため短時間のスクリ-ニング検査では本来の知的能力を発揮できないことがあり注意が必要です。
アルツハイマ-病と比して脳血管性認知症は、神経心理検査で語想起、呼称、復唱の障害が目立つ傾向があるとされています。
視覚構成、視覚認知、視空間の障害が強い特徴を示すことが報告されています。
CT、MRI などの形態画像検査、SPECT, PET などの機能画像はともに診断に有用です。
脳画像において、明らかな多発性大梗塞、重要な領域の単発梗塞、多発性の基底核または白質の小梗塞、広範な脳室周囲白質の病変は、何れも病因とされる脳血管障害を示唆する所見です。
記憶、行為症状、心理症状、日常生活動作の自立度の各項目について適した尺度を用いて評価し全般的重症度を算定していきます。
有効な治療法は?
根治術は存在しないため発病を未然に防ぐこと(一次予防)、更なる脳血管障害を起こさず進行を遅らせること(二次予防)が大切です。
脳血管障害の危険因子として、高血圧、糖尿病、心房細動、虚血性心疾患、肥満、脂質異常症、喫煙、過度の飲酒、頚動脈狭窄、一過性脳虚血発作、が知られています。
これらの危険因子を管理することは一次予防、二次予防に寄与し、機能予後、生命予後の改善が期待できます。
血管性認知症の知的機能を明らかに向上させる薬物療法は現在のところ存在しません。
但し、脳血管性認知症では髄液中アセチルコリン濃度が低下することから、脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を阻害するアセチルコリンエステラ-ゼ阻害薬が有効であるとする臨床報告があります。
随伴する、うつ症状に対して転倒に十分な注意を払いつつ選択的セロトニン再取り込み阻害薬、不眠に対しては健忘や筋弛緩の少ない非BZ’s系睡眠薬、自発性低下には脳循環改善薬であるニセルゴリンやドーパミン遊離促進作用を持つアマンタジン、攻撃性や焦燥には抑肝散や釣藤散の臨床効果が報告されています。
脳血管性認知症が発症すると生命予後は短く数年以内に死の転帰をとることが多いです。栄養障害、脳卒中の再発、肺炎などの呼吸器疾患の合併が脳血管性認知症の予後を悪化させます。
これらの合併症の予防に努めるとともに不可避的に訪れる廃用性症候群を伴う病末期では痛みや苦痛の軽減がQOL確保の視点から重要です。
前頭側頭葉変性症
病気の特徴は?
全認知症中に6~10%超程度を占め、アルツハイマ-病、血管性認知症、レビ-小体型認知症に次いで発現頻度は第4位とされています。
我が国では欧米と異なり家族歴のない弧発例が多いとの疫学調査報告があります。
病理では前頭葉と側頭葉前方に萎縮を示します。
現症面では
1.自発性低下
2.強迫的・儀式的行動を表徴とする常同行動
3.注意集中の困難
4.抑制が外れた「本能の赴くままの行動」
5.早食い、食欲増進などの食行動異常
6.物の名前が出てこない(失名詞)、何を聞いても同じ語句を返答する(滞続言語)
などの言語操作の異常、を表徴とする「社会行動、感情、日常生活動作の変化」を認めます。
病気の原因は?
遺伝子変異により脳細胞内に過剰なリン酸化をうけたタウ蛋白が蓄積し異常機能の獲得により脳神経細胞死をもたらすことが前頭側頭葉変性症の病理学的本態と考えられています。
診断に必要な検査は?
アルツハイマ-病との鑑別には脳波検査が有用です。
前頭側頭葉変性症ではアルツハイマ-病と比して基礎律動の徐波化は遅れます。
CT、MRI などの形態画像検査では前頭葉と側頭葉前方に限局性葉性萎縮を、SPECT、PET などの機能画像は前頭葉と側頭葉前方に限局した血流と代謝の低下を認め、ともに診断に有用です。
有効な治療法は?
脳内に蓄積し細胞毒性を持つ異常にリン酸化したタウを除去あるいは無毒化する根治術は存在しません。
このため介護負担の直接の原因となる個々の精神症状、行為症状に焦点を当てた薬物療法、ケアが工夫されています。
前頭側頭葉変性症では前頭葉、側頭葉皮質、視床下部におけるセロトニン結合能低下の報告があることからセロトニン再取り込み阻害薬は、強迫的・儀式的行動の緩和に一定の効果を持つことが期待されます。
またケアにおいては、患者の意思に反して無理に常同行為を遮らない、被影響性亢進を逆手に取って社会的に何とか許容される行動へ置換を図る行動療法的作業療法の導入、が有効とされます。
軽度認知障害 ( mild cognitive impairment : MCI )
その特徴は?
物忘れの自覚があり、標準化された記憶検査において年齢に比して明らかな記憶力が認められるものの認知症の基準を満たさず、家事や社交、就業の場面における日常生活動作自立度も保たれている状態のことを指します。
65歳以上の一般人口に占める軽度認知障害の割合は、概ね5%程度と推定されています。
その原因は?
複数の縦断研究によれば、軽度認知障害群の10% が1年後に認知症に進展すると報告されており軽度認知障害群に診断基準を満たさない最初期認知症、特にアルツハイマ-病者が混在している可能性が指摘されております。
将来、認知症に進展しやすい軽度認知障害者の属性として
1.高齢
2.女性
3.Mini-Mental State Examination (MMSE) が低得点
4.うつ状態にあるもの
5.脳虚血の特徴を持つもの
6.アルツハイマ-病の危険因子であるアポリポ蛋白E4遺伝子キャリア-
が挙げられます
逆に
1.海馬硬化症
2.頭部外傷の既往
を持つ軽度認知障害者は認知症への進展率が低いと報告されています。
診断に必要な検査は?
軽度認知障害の診断確定に向けた検査は、なお研究レベルであり評価は未確立です。
脳脊髄液中の総タウ、リン酸化タウの増加、Aβ42の減少は、おそらく最初期アルツハイマ-病と同義と考えられる軽度認知障害のバイオマ-カ-として注目されています。
MRIを用いて、脳形態の個人差をなくした上で画像統計解析を行う voxel based morphometry (VBM) において海馬と内嗅野の萎縮が目立つ軽度認知障害者、positron emission tomography (PET) において頭頂葉下方、内嗅野、楔前部での代謝低下を認める軽度認知障害者はともにアルツハイマ-病への進行する危険が高いとする知見が集積しています。
認知症へ進行させない有効な方法は?
これまでに、脳内の神経伝達物質であるアセチルコリンの分解を阻害するアセチルコリンエステラ-ゼ阻害薬、女性ホルモンであるエストロゲン、エストロゲンとプロゲステロン併用、非ステロイド性消炎鎮痛薬、イチョウ葉抽出エキス、ビタミンEなどが軽度認知症から認知症への進展予防があるか試みられてきました。
現在のところ、科学的根拠を持って有効性を示した薬物、非薬物(ケア、認知訓練など)的介入は残念ながら存在しません。